神愛ブログ

2015年11月24日 火曜日

キリスト教式で葬儀ができないとき - 愛する家族の危篤に際して

キリスト教式葬儀ができないとき、どうしたらいいでしょうか?

熱心で、家族思いのクリスチャンの方なら、
自分の父や母、あるいは祖父や祖母の葬儀を、
キリスト教式でしてあげたいと願うことは多いと思います。

生前の神さまの恵みを覚えながら、
救い主イエスさまの十字架の恵みにより、
故人が天へと召されたことが牧師により宣言されることは、
何にもかえがたい心の平安があります。


けれども、福音を信じていない家族の葬儀をキリスト教式で行うことには、困難があります。
キリスト教を信仰しているわけでもないのに、葬儀をキリスト教式で行うというのは、家族や親族の理解や同意が得られません。
また、不信のまま逝去してしまった方のため に、何ができるのかという問題もあります。


では、一体どうしたらいいのでしょうか?


「愛する家族に、私を育ててきてくれた大切な父や母、祖父や祖母に、
  何とか天国に行ってもらいたい。」

「私たちの救い主である神さまの御許で、永遠の平安を得て欲しい。」


信仰心のある方なら、誰でもそう願うはずです。


余命わずかと宣告された家族のために私たちができることは、
福音を伝えることです。


神さまの御子であるイエス・キリストが、
私たちの罪の身代わりに十字架の上で死なれ、
そして神さまの力によって復活したこと。

私たちの側の行いではなく、
ただ救い主である神さまの恵みを信じることによって、
私たちの罪は赦されて救われること。


そのような聖書のメッセージを、ただ真っ直ぐと伝えることが、
未信の家族にできる最善のことです。


本人が逝去してしまってからでは、どうすることもできません。
まだ生きている時に、伝えなければなりません。


もちろん、福音を伝えるというのは、家族であっても簡単なことではありません。
特に、日本の高齢者は伝統宗教へのこだわりが強い方が多く、
キリスト教について少し語っただけでも、激しく反発する方が多いです。
また、本人は心を開いて聖書の話を聞こうとしていても、
周りにいる未信者の家族が宗教の話は止めろということも多々あります。


しかしながら、たとえ反発されようとも、
逝ってしまう前に一度はまともに伝えなければなりません。

一時的には嫌な顔をしたとしても、目から鱗が落ち たとき、
心の覆いが取り除かれたときには、真実を知るときが来ます。


福音を信じて、神さまの愛を本当に知ったときには、
何にも変えられない、神さまの喜びと平安が心に込み上げてきます。


自分の死期が近づいたことを切実に感じている本人が、
天国のこと、神さまのことに興味・関心を示さないわけはありません。

むしろ、何の希望も無く、死への恐怖におびえ、
苦しんでいることの方が多いです。


終わってしまってから後悔するのではなく、
のある間に、神さまの御救いを伝えましょう。


いま逝こうとしている本人にとって必要なのは、
終わってからの儀式ではなく、救いの確信です。


may God's peace be upon you.☆



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投稿者 神愛セレモニー