神愛ブログ

2014年5月30日 金曜日

キリスト教葬儀でのご挨拶 (あいさつ) | 「ご愁傷様です」ではなく何というか?


キリスト教葬儀に参列する際、ご遺族へのご挨拶をどうすればいいか戸惑ってしまう方が多いようです。


というのも、日本で葬儀に参列する際、ご遺族に対して一般的には
「ご愁傷様です」とか、「ご冥福をお祈りします」とごあいさつをすることが多いですが、キリスト教の葬儀ではそのような言葉を使いません。


キリスト教では、人の死は終わりでなく天の神さまのもとに召されることと信じていますから必ずしも不幸なことではなく、もちろん、大切な人と離れることはつらく悲しいことですが、いずれ天国で再会できる希望があります。


では、何と挨拶をしたらいいか?

そこがよく分からないと言われることが多いです。


そこで、クリスチャンの方々に、キリスト教葬儀に参列した際に何と
ご挨拶しているのか聴いてみました。

すると、次のような答えをいただきました。


① 「この度は、・・・」


② 「お淋しゅうございました」 「寂しくなりますね」


③ 「天に召されたのですね。平安をお祈りいたします。」




① の「この度は、・・・」というのは、ご遺族の方に直接ご挨拶するときに、「この度は、」とだけ言って、その後の言葉は察していただくというものです。

文章にするとわかりづらいかもしれませんが、実際に会ってごあいさつをするときには、「この度は、・・・」という言葉でしっかり伝わっていることが多いです。

これは、フィーリングを大切にする日本人特有の文化だと思います。



② の「お淋しゅうございました」「寂しくなりますね」という言葉は、ご遺族の悲しみに寄り添うためのご挨拶です。

この場合は、「ご愁傷様です」と内容が似てしまいますが、
やはり悲しみへの配慮は大切ということだと思います。



③ の「天に召されたのですね。平安をお祈りいたします。」というのは、しっかり言葉で伝えたい方の場合だと思います。

天に召された故人に、永遠の平安があるように。
また、ご遺族に神さまの慰めがあるように。

そのような想いが込められたご挨拶です。



いずれにしても、ご遺族の悲しみに寄り添い、天国への希望を
共有することが大切ですよね。


キリスト教の葬儀に参列する際、参考にしていただければ幸いです。




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投稿者 神愛セレモニー