神愛ブログ

2012年10月 6日 土曜日

天国への凱旋 ~キリスト教の世界観・死生観~


クリスチャンの地上での生活の終わりのときは、
天国への凱旋のときでもあります。


凱旋(がいせん)とは、戦いに勝って帰って来ることを意味しますが、
この言葉を聞くと、フランスのエトワール凱旋門を思い起こします。


エトワール凱旋門は、ナポレオン率いるフランス軍が、1805年にアウステルリッツの戦いでオーストリア・ロシア連合軍に勝利した記念として、その翌年の1806年にナポレオンの命令で建設が始まり、1836年に完成したそうです。


それ以来、戦いに勝って帰って来る度に、軍隊の行列がこの凱旋門をくぐり、大勢の国民が歓声を上げ、勝利を祝う音楽が奏でられたことでしょう。


イエス・キリストは、いまから約2000年前、天から地上に降りて来られ、イスラエルの地で神さまの御国のことを語り、多くの人々をお救いになりました。

天上の栄華に満ちた生活をしておられた神さまの御子が、罪深い世の中に来て、私たちの救いのために奉仕して下さったのです。


聖書に、次のように記されています。


「イエスは、死の苦しみのゆえに、栄光と誉れの冠をお受けになりました。その死は、神の恵みによって、すべての人のために味わわれたものです。

神が多くの子たちを栄光に導くのに、彼らの救いの創始者を、多くの苦しみを通して全うされたということは、万物の存在の目的であり、また原因でもある方として、ふさわしいことであったのです。」
(ヘブル2:9、10)


「そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。
これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。」
(ヘブル2:14,15)



イエスさまは、十字架の上で死なれ、使命を全うした後に、
神さまの力によって復活させられ、天国へと引き上げられました。


「神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に来る世においてもとなえられる、すべての名の上に高く置かれました。」(エペソ1:20,21)


天国では、天使たちが大歓声を上げ、壮麗な音楽を奏でて、
救い主イエスさまの凱旋を祝ったことでしょう!



イエス・キリストを、神さまの御子、救い主として信じるクリスチャンも、同様の歩みをします。


私たちは、イエスさまの十字架の愛を信じ受け入れて救われ、神さまからこの地上での使命とそれを果たすための賜物を与えられ、神さまと人とのために奉仕をします。


喜びに胸を躍らせることもあれば、
苦しい状況の中を通るときもあるでしょう。


現代の日本では、物質的・肉体的な迫害はないものの、クリスチャンとして生きることによって精神的な攻撃を受けることが多く、人数が少ないことによって苦しい運営を強いられている教会も少なくありません。


たとえ苦しくても、つらいことが多くても、
神さまの栄光を現し、人々をキリストによる救いへと導くために戦い抜くのがクリスチャンの使命です。


そうして、信仰の戦いを終え、人生の最後を迎えるとき、私たちもまた天国へ凱旋することができるでしょう。


「終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。
ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。朽ちるものは、必ず朽ちないものを着なければならず、死ぬものは、必ず不死を着なければならないからです。

しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、『死は勝利にのまれた。』としるされている、みことばが実現します。」
(Ⅰコリント15:52~54)



そして、天国で盛大なお祝いがされ、永遠の喜びと平安が与えられます!


「この山の上で、万民の上をおおっている顔おおいと、万国の上にかぶさっているおおいを取り除き、永久に死を滅ぼされる。

神である主はすべての顔から涙をぬぐい、ご自分の民へのそしりを全地の上から除かれる。主が語られたのだ。

その日、人は言う。
『見よ。この方こそ、私たちが救いを待ち望んだ私たちの神。この方こそ、私たちが待ち望んだ主。その御救いを楽しみ喜ぼう。』」
(イザヤ 25:7~9)



神さまの約束を信じて、
天国への凱旋行列の中を堂々と歩めるようにしましょう!


God bless you.☆





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投稿者 神愛セレモニー